「いくら寝ても疲れが取れない」というのが、長いあいだ、ぼんやりした不満だった。

休みの日に長く寝ても、月曜の朝から重い。逆に、外で動き回った日のほうが、夜はよく眠れて翌日も軽かったりする。睡眠時間と疲れの取れ方は、思ったほど素直に対応していない。

最近、ジャンル違いの YouTube 動画を 3 本続けて観たら、ひとつのことが分かった。「疲れが取れない」と一括りにしてきた話のなかには、まったく違う3つの問題 が混ざっていた。

体の中、1 日の流れ、頭の中。

それぞれ別の場所で起きていて、別の手当てが要るらしい。順に書いてみたい。

ただ、最初に断っておきたい。健康にまつわる話は、人によって体の反応がそれぞれ違うし、研究もまだ進んでいる途中のものが多い。以下に書くことも、「こうすれば必ず治る」というつもりではなく、「こういう見方が紹介されている/こういう研究がある」 というつもりで書いている。気になる症状が長く続く場合は、ネット動画よりも医師に相談するほうが早い、というのは前提として置いておきたい。


1. 体の中で起きている「小さな火事」

1 本目は、寝ても取れない疲れの正体を 「慢性炎症」 で説明する解説動画だった。

炎症というと、捻挫や風邪のような目に見えるものを思い浮かべる。けれどその動画では、現代人を悩ませているのはそれとは別の、自覚されないまま長く燻り続ける炎症 だ、と語られていた。

きっかけは内臓脂肪、睡眠不足、慢性的なストレスとされる。これらが積み重なると、腸の壁が傷んで隙間ができ、本来なら外に出ていく毒素や炎症性物質が血液側に漏れる。それが脳まで届いて、神経のあたりで小さな火事を起こす——という筋道で説明されていた。

「メンタルが弱い」「気合が足りない」と片付けられていた現象の多くは、実は脳のなかで起きている物理的な炎症かもしれない。

ここは少し慎重に補足しておきたい。炎症がうつや慢性疲労と関わっているのではないか、という方向の研究は、過去十数年で実際に積み上がっている(Frontiers in Immunology 2019 のレビューや、Nature Molecular Psychiatry 2021 の英国大規模コホート研究など)。

一方で、その経路として動画が採用していた「腸の壁に隙間ができ、毒素が漏れる」(いわゆる leaky gut)という説明は、主流の医学ではまだ確立した診断としては認められていない。Harvard Medical School のブログ記事などでも、増えた腸管透過性そのものは観測されるが、それを「症候群」として疾患の原因に置く立場は支持が薄い、と整理されている。

つまり、慢性炎症と疲労の関連は研究が動いている本筋、その経路の一つとして語られる「リーキーガット」は仮説寄り、というくらいの距離感で受け取るのが安全だろう。

そのうえで、紹介されていた手当ては地味で害が少なそうだった。

  • 抗炎症の食べ物(発酵食品と食物繊維)を、種類を散らして取る
  • 短時間(20〜30 分ほど)の昼寝で、その日の修復を間に合わせる
  • 12 分でいいので、早歩きを習慣に入れる

どれも特別な道具も場所もいらない。「これで治る」というより、生活の手当ての引き出しが増える、というくらいの受け取り方で十分だろうと思う。


2. 疲れは、夜ではなく日中に作られている

2 本目はがらっと角度が変わって、「疲れの正体は睡眠時間ではなく、日中の過ごし方だ」 と語る動画。

睡眠は、泥だらけの服にあたる、という喩えが出てくる。洗剤なしの洗濯機にいくら長く回しても、服は綺麗にならない。同じように、夜にいくら寝ても、日中の過ごし方が荒いと疲れは取り切れない、というのだ。

もうひとつ印象に残ったのが、こういう一文だった。

睡眠は気絶ではなく技術である。

完璧に寝なきゃ、と気負うほど、緊張のホルモンが出て逆効果になる。むしろ「寝てやらないぞ」くらいの構えのほうが、結果として深く眠れることがある、とも語られていた。

紹介されていた小さな習慣を並べると、こうなる。朝の光を浴びる、昼に短時間の仮眠を取る、カフェインを午後 2 時で止める、帰宅したら着替えを儀式にする、無意識の歯の食いしばりを抜く、夜の運動はゆるめにする、風呂は 40 度の少しぬるめにする、寝る前の悩みは紙に書いて手放す。

このうち「歯の食いしばり」は、歯科の世界で TCH(歯列接触癖) と呼ばれているもので、東京医科歯科大学の木野孔司先生らが提唱した概念だ。本来、上下の歯はリラックス時には触れ合わないのが普通なのに、軽く触れ合った状態が長時間続くと、肩こりや頭痛、疲労感の遠因になることがある、と臨床的に語られている。

それから「短時間の仮眠」については、よく引き合いに出される NASA の研究がある。Rosekind らが 1995 年に長距離フライト乗務員を対象に行った研究で、40 分の休憩時間を与えると、平均 26 分眠れて、その後の警戒度が 54%、注意力課題の成績が 34% 改善された、というものだ。「40 分寝なさい」という意味ではなく、実質 20〜30 分の浅い昼寝でかなり戻る、というのが研究側の言い方に近い。

第 1 の「体の火事」が物理的な手当てだったとすると、第 2 はもっと 1 日の段取り の話だ。寝るための準備は、夜ではなく朝から始まっていたらしい。


3. 「疲れた」と気づいた時には、もう遅い

3 本目は、筑波大学の 松井崇先生(体育系准教授、運動生化学・スポーツ神経生物学)による「脳疲労」の研究の話。これは少し不気味で、強く印象に残った。

松井先生がはっきり言うのはこうだった。

認知の疲労は、判断力の低下が先に来て、疲労感は後から来る

運動の疲労なら、「疲れた」という感覚が先に立って、そこから機能が落ちる。だから途中でセーブできる。ところが脳の疲労はその順番が逆になる。判断力やミスの増加が先に出て、こちら側が「疲れた」と気づくころには、もう何時間も前から手遅れだった、ということが起きる。

これは想像で言っているのではなく、長時間の e スポーツ(バーチャルサッカー) を題材にした松井研究室の実験から出てきている結果で、2024 年 4 月に筑波大学からプレスリリースが出ている。判断力はすでに落ちているのに、本人は元気な気でいる。だから自覚に頼ってはいけない、というわけだ。

そのうえで、外側から測れるサインがあるという。

  • 瞳孔が、2 時間で約 0.12 ミリ縮む(アイトラッカーで観測)
  • 指先や鼻の温度が、約 2 度下がる(サーモグラフィーで観測)

これは肉眼ではほぼ分からない変化なのだが、機械で見ると確かに動いている。「疲れた」と感じるよりずっと早く、体は既に信号を出している、ということになる。

対策のなかで面白かったのは、無糖の炭酸水 の話だった。エナジードリンクの本当の主役は、実はカフェインや糖ではなく、炭酸そのものではないか、というのが先生の見立てだ。喉の冷たさと刺激が、延髄を通じて、判断力をつかさどる前頭の領域を活性化させる、と説明されていた。乾杯のときの最初の高揚感も、アルコールが回るより前の、炭酸の効果ではないかという。

少し信じがたいような話だが、長時間の対戦ゲームでも、無糖炭酸水を飲んでいるグループは判断速度が落ちなかった、という結果が紹介されていた。


まとめ

3 本を並べると、こういうことになる。

  • 体の中 — 慢性的な炎症が、疲労やうつ症状と関わっているのではないか、という方向の研究が積み上がっている
  • 1 日の流れ — 夜の睡眠だけでなく、朝・昼・夕方の過ごし方が疲れを作っている
  • 頭の中 — 認知の疲れは、自覚よりも先に進んでいる

それぞれ別の場所で別のことが起きていて、対処も別々だ。発酵食品で炎症を抑えても、日中の段取りが荒ければ夜の眠りは浅くなる。いくら段取りを整えても、長時間の判断作業を自覚なしに続けていれば、ある日、手痛いミスをする。

「疲れが取れない」と言うとき、いま自分はどの種類の疲れを背負っているのか、まずそれを見分けるところから始めるのがよいのかもしれない。

3 つのなかで一番こわいのは、たぶん 3 番目のような気がしている。疲労感が遅れてやってくる種類の疲れ は、自分では決して気づけない。気づいたときにはもう手遅れ、という仕組みになっている。

「最近、つまらないミスが増えた」と感じるとき、それは怠けでも気の緩みでもなく、身体の警報がそもそも届いていないだけ なのかもしれない。


最後にもう一度だけ。ここに書いた話は、3 本の動画と、後から探した範囲の研究を手がかりにしたヒントで、診断や処方の代わりにはならない。強い疲労が長く続く、生活に支障が出ている、というときは、ネット動画よりも医師に相談するほうが早い。当たり前のことだが、当たり前のままで添えておきたい。


参考にした動画

主な裏付け(後から確認した範囲)

  • 慢性炎症とうつ・疲労の関連 — Lee & Giuliani, Frontiers in Immunology 2019「The Role of Inflammation in Depression and Fatigue」、および UK Biobank と NESDA の大規模コホート研究(Nature Molecular Psychiatry 2021)など、この方向の研究は積み上がっている
  • 「リーキーガット」の医学的位置づけ — 主流の医学ではまだ確立した診断としては扱われていない(Harvard Health の解説、PMC 2024 のレビュー「Leaky Gut Syndrome: Myths and Management」を参照)
  • NASA の昼寝研究 — Rosekind ら 1995 年、長距離フライト乗務員研究(休憩 40 分・実睡眠平均 26 分・警戒度 +54% / 注意力課題 +34%)
  • 松井崇先生の認知疲労研究 — 2024 年 4 月、筑波大学プレスリリース「e スポーツの長時間プレーに伴う自覚しにくい認知疲労を瞳孔収縮から検知」
  • TCH(歯列接触癖) — 東京医科歯科大学・木野孔司先生らによる提唱、顎関節口腔機能学分野の臨床研究