夜の町で、信号だけが妙に明るかった。

赤、青、黄。あれほどはっきり色を分けているのに、その下を流れているものは、目には見えない。電気なのか、命令なのか、ただの約束なのか。私たちはその仕組みを詳しく知らないまま、赤で止まり、青で進む。知らなくても、世界はだいたい動いてくれる。

サイバー攻撃という言葉を聞くと、以前はどこか遠い出来事のように思えた。

画面の向こうで起きる騒ぎ。知らない会社の障害。外国のニュース。数字の並んだ報告書。そういうものとして、私は半分だけ理解していた。けれどいまは少し違う。銀行も、病院も、交通も、店の会計も、家の鍵も、何かの見えない線につながっている。つまり、攻撃されるのは機械だけではない。暮らしの順番そのものなのである。

そこへAIが入ってくる。

AIは善意の手伝いもする。文章を整え、作業を進め、見落としを拾い、ひとりでは届かない場所へ手を伸ばす。けれど同じ速さ、同じ器用さは、悪意の側にも渡りうる。人をだます言葉はより自然になり、狙いを定める目はより細かくなり、数をこなす手は疲れを知らなくなる。

悪意に、速度が与えられる。

それがいちばん不気味なのだと思う。悪い人間が急に賢くなるというより、ためらいのない道具を手にしてしまう。今までなら手間がかかりすぎたことが、短い時間で試される。今までなら雑だったものが、相手の顔に合わせて少しだけ柔らかくなる。攻撃は、乱暴な石ではなく、よく磨かれた小さな鍵の形をしはじめる。

そしてそれは、戦争の輪郭にも触れている。

昔の戦争には、まだ煙や砲声の像があった。もちろんそれだけではなかったにせよ、人は遠くの火を見て、そこに戦場があると知ることができた。だが、サイバー戦争というものが本当にあるのなら、その火は画面の裏で燃えるのだろう。病院の予約が止まる。港の荷物が動かない。送電の予定が狂う。ニュースの言葉が誰かの都合で少しだけ曲がる。

撃たれた音がしないのに、生活だけが傾く。

そこが怖い。

AIによって、攻撃力は上がるのか。たぶん上がるのだろう。ただしそれは、派手な怪物が現れるというより、暗い部屋の中で同じ作業をする手が千本に増えるような上がり方である。眠らない手。飽きない手。相手の反応を見て、次の言葉を変える手。

その手を、誰が握っているのか。

そこが見えないまま、私たちは今日も画面を開く。通知を読む。認証の数字を打つ。便利さの中に、安全の祈りを少しずつ混ぜている。だが祈りだけで守れる時代では、もうないのかもしれない。

夜の信号は、まだ正しく色を変えていた。

赤で車は止まり、青で人は渡る。その当たり前が続いているあいだ、誰も空の上や海の底を走る線のことなど考えない。けれど、世界のどこかでその線に黒い指が触れたとき、戦場は突然、私たちの台所や寝室の明かりの中へ入ってくる。

サイバー攻撃とは、画面の中の事件ではない。

見えないところから、見えている日常の順番を変えようとする、黒い信号なのだと思う。