昼休憩になると、何人かは校外へ出た。

禁止されているわけではない。ただ、あまり推奨もされていない、という曖昧な扱いである。だから門を出る生徒たちは、みんな少しだけ急ぎ足だった。堂々としていればよいのに、校門をくぐるときだけ、どことなく肩をすぼめる。たった四十分ほどの自由に、人は妙な後ろめたさをつけるものらしい。

うちの高校の前には、ゆるい坂が一本あった。

坂を下ると、古い薬局、信号、パン屋、そして小さな公園がある。どれも昔からそこにあるような顔をしていて、昼の光の中では眠そうに見える。制服のままそこへ混ざると、自分たちだけがまだ半分、学校の匂いを引きずっている気がした。ワイシャツの糊、黒板の粉、まだ一時間目のつづきみたいな眠さ。校外へ出ているのに、身体だけが教室に置き忘れられているのである。

私はその感じが少し好きだった。

自由というほど大げさではない。逃亡というほど切実でもない。ただ、授業と授業のあいだに、別の町へ紛れこむみたいな気持ちになる。コンビニでパンを買うだけでも、妙に秘密めいてくる。レジの店員はべつにこちらを見ていないのに、制服姿で小銭を出す指だけが、なぜか見られているように感じられる。

その日も、私は友だちと二人で門を出た。

友だちは焼きそばパンを買うと言い、私はとくに食べたいものもないままついて行った。空はよく晴れていたが、風が少し冷たかった。坂の途中まで来たとき、友だちが急に、あれ、と言って足を止めた。

見ると、公園のベンチに、うちの学校の上履きが一足だけ揃えて置いてあった。

白地に青い線の入った、ごく見慣れた上履きである。泥もついていない。きちんと踵をそろえ、ベンチの端に並べてある。誰かが脱いだにしては、そこに足だけ消えたみたいな置き方だった。

友だちは笑った。

だれだよ、気持ち悪いな、と言って、焼きそばパンのことを思い出したようにすぐ歩き出した。けれど私は、なぜだかその場を離れにくかった。上履きそのものより、その置き方が気になったのである。忘れものなら、もっと乱れているはずだ。ふざけて置いたのでも、少しちがう。まるで、ちゃんと脱いで、ちゃんと消えた者がいるみたいに見えた。

昼の公園はしずかだった。

鉄棒の影だけが短く落ち、奥の木で小さな鳥が鳴いていた。ベンチの上履きは、その静けさに妙になじんでいて、こちらだけが場違いに立っているような気がした。ふと、校舎の窓からこちらを見ている者がいるのではないかと思った。教室に残った誰かが、あの上履きをちゃんと履いたまま、いまもこちらを眺めているのではないか、と。

私はその考えを振り払って、友だちを追った。

コンビニの前では、ほかにも何人か制服姿の生徒がいて、みんないつも通りだった。パンの袋の音、炭酸の蓋を開ける音、くだらない笑い声。さっきの上履きのことなど、そこでは急に現実味を失った。学校の外に出れば、何でも少しだけ変な形で目に映るのだ、と自分に言い聞かせることもできた。

帰り道、私はもう一度、公園のほうを見た。

ベンチには、もう何もなかった。

ただ、その下の土の上に、白い粉のようなものが二つ、足型みたいに薄く残っていた。チョークをこぼした跡にも見えたし、乾いた土がたまたま明るく見えただけにも思えた。けれど、その形はどうしても、そこから誰かが立ち上がったあとの印に見えた。

午後の授業で、私は何度か自分の足もとを見た。

机の下には、ちゃんと自分の上履きがある。見慣れた白と青の線である。けれど、あの昼のベンチに置かれていた一足もまた、たしかにうちの学校の誰かの足を入れる形をしていた。

昼休憩に校外へ出ると、町は少しだけ別の顔を見せる。

たった四十分ほどのことなのに、教室のつづきではない景色がある。そしてその景色の中には、ときどき、学校の中に置いておくはずのものが、ひどく静かに紛れこんでいる。

あれ以来、私は昼に門を出るたび、つい公園のベンチを見てしまう。

たいていは何もない。

だが、何もないベンチほど、次に何かがきちんと揃えて置かれていそうで、少しだけ目が離せないのである。