選択肢を増やすには、たいてい金がいる。
それは若いころから、ぼんやりとは知っていた。けれど、ぼんやり知っていることと、身にしみてわかることのあいだには、かなり距離がある。行きたくない場所から離れるにも金がいる。少し休むにも金がいる。引っ越すにも、学び直すにも、別の仕事を試すにも、どこかへ逃げるにも、だいたい先に必要なのは勇気ではなく金のほうである。
四十代になると、その話が急に現実味を帯びる。
もう何も持っていない年ではない。仕事もある。人との関係もある。守るべきものも増えている。けれど、それらがそのまま自由になるわけではないのである。むしろ逆で、持っているものが増えたぶんだけ、動けなくなることがある。上へ行けるほど軽くはなく、下へ降りてやり直せるほど身軽でもない。気がつくと、中途半端な高さの場所で、どちらの階段にも足をかけられずにいる。
しがらみ、という言葉は、少し古くさい。
けれど、ほかにぴったり来る言葉もない。家族、仕事、体力、世間体、過去の選択、いまさら変えにくい立場。一本一本は細い糸でも、それが何本も巻きつくと、人は意外なほどきれいに動けなくなる。鎖というほど劇的ではない。もっと生活じみていて、もっと目立たない。だからこそ厄介である。
逃げ道はあるのか、とこのごろよく思う。
ないわけではないのだろう。世界には、会社を辞めた人もいるし、住む場所を変えた人もいるし、四十を過ぎてまったく別の人生へ移った人もいる。そういう話はいくらでも見つかる。むしろ探せば探すほど、勇ましい例だけはよく出てくる。遅くなかった、踏み出してよかった、過去は無駄ではなかった、と。
けれど、その明るい話ばかりを見ていると、私は少し息苦しくなる。
たぶん、生存性バイアスというやつなのだと思う。うまく行った人の話だけが、あとからよく見える。出て行って戻ってこられた人、辞めて食べていけた人、賭けて当たった人。その声はよく響く。だが、その陰で、出たまま沈んだ人、踏み切れずに持ちこたえた人、変えようとしてかえって傷を深くした人のことは、あまり語られない。
つまり私たちは、出口の明るさばかり見せられているのかもしれない。
そこへ行くまでにいくらかかるのか、途中でどれだけ削られるのか、出てもなお続く不安は何なのか、そのへんはいつも少し見えにくい。逃げ道があることと、そこを通り抜けられることとは、同じではないのである。
昨夜、古い通帳をひさしぶりに見た。
若いころの数字がいくつか残っていて、私は少し妙な気持ちになった。そのころの私は、何を信じてあんなふうに金を使い、何を疑わずに時間を渡していたのだろうと思う。働けば何とかなると思っていたのか。まじめに積めば、先で少し楽になると信じていたのか。あるいは、自分だけは選べなくなるところまでは行かないと、どこかで思っていたのか。
自分の過去とは何だったのだろう、とふと考える。
努力だったのか。判断だったのか。ただ流れに乗っていただけなのか。後から見れば、それなりの意味をつけることはできる。けれどその意味づけの半分くらいは、いま立っている場所から逆算した都合のよい説明にすぎないのかもしれない。過去を誇りたい気持ちと、過去にだまされたくない気持ちは、案外、同じ引き出しに入っている。
四十代の行き詰まりは、疲れだけではできていない。
むしろ、ここまで来た自分を、簡単に否定も肯定もできないところから生まれるのだろう。全部まちがいだったと言うには惜しい。かといって、これでよかったと胸を張るには、まだ首の後ろが重すぎる。そういう曖昧な地点に立ち続けるのは、思ったより体力を使う。
それでも、逃げ道というものを、私は完全には捨てきれない。
それは派手な逆転の話ではないのかもしれない。誰かの成功譚のようにきれいなものでもないだろう。大きく飛び出すのではなく、まずは選ばなくて済むはずだった不自由をひとつずつ見分けること、金のかかる出口と、そうでない出口を地味に数えること、そういう始末の悪い確認からしか始まらないのかもしれない。
選択肢には値段がついている。
だから、その値段を知らぬふりで夢を見るのは、若いころほど簡単ではない。だが同時に、値段がついているからこそ、どこにも道がないとはまだ言い切れないのだとも思う。
問題は、出口があるかどうかより、その出口が自分にとって何を失う形なのかを、こちらがまだ見きれていないことである。
四十代というのは、たぶんその見積もりを何度もやり直す年齢なのだろう。