夜の十時を過ぎた頃、その車が戻ってきた。
家の前の道は狭い。止めていい場所でも、止めていけない場所でもない、ただの生活道路だ。月に何度か、決まってそこに軽自動車が現れる。何時間も動かない。誰も降りない。ただ止まって、朝になると消えている。
運転するひとの顔は、まだ一度も見ていない。
近所の人間だとは思う。それしか考えられない。しかし道を歩いてすれ違っても、どの顔かはわからない。どこの家かもわからない。顔のない隣人が、夜になると現れて、家の前を使っていなくなる。
前回は、こちらも車を出した。道を塞ぐように、少し斜めに止めた。翌朝、相手の車は来ていなかった。その次の夜も。しばらく平和が続いた。
ところが昨夜、また来た。
連休が始まったからかもしれない。事情が変わったのかもしれない。理由はわからない。ただ、戻ってきた。
直接言うつもりはない。言えばすむかもしれないが、言いたくない。顔のある関係になりたくない。
だから今夜も、私は観察する。カーテン越しに灯りを確かめ、エンジン音が消えた時刻をなんとなく頭に刻む。相手は何も知らない。私は少し知っている。
それがどこへ向かうのかは、まだわからない。