稼ぐというのは、思っていたよりずっと難しい。

若いころは、働くことと稼ぐことが、ほとんど同じ意味に見えていた。朝起きて職場へ行き、言われたことをこなし、月が変われば金が入る。その仕組みの中にいるかぎり、金は苦労の報酬というより、時間の続きとしてやって来るように思えた。もちろん楽ではない。腹の立つこともあるし、理不尽もある。だが少なくとも、来月というものの輪郭は見えた。

サラリーマンなら、まだ未来は見えたのかもしれない。

それは希望に満ちているという意味ではない。もっと地味な話である。来月の給料日があり、その次の昇給の可能性があり、ひどく遠くても定年までの線がうすく引かれている。明るい未来ではなくても、未来のかたちはある。人はかたちが見えているだけで、ずいぶん持ちこたえられるものなのだと思う。

個人事業主は、その線が急に消える。

働いても、すぐ金にならない。時間をかけても、誰にも見つからないことがある。請求の締め、支払いの遅れ、次の仕事の当て、季節ごとの波、体調ひとつで崩れる予定。何もかもが自分の手元に寄ってくる。自由というのは、もっと風通しのよいものだと思っていたが、実際には、あらゆる責任が一枚の机に集まってくる状態だった。

つらいよ、と思う日がある。

いや、かなりある。好きで始めたはずなのに、好きかどうかを考える暇すらなくなる日がある。数字を見て、返事を書いて、経費を気にして、先の予定を埋めようとしているうちに、何のために独立したのか、その最初の熱だけがうすく乾いていく。

けれど、その苦しさを、まるごと世の中のせいにもできないのだろう。

土台を作らずに脱サラしようとした報い、という言い方は少しきつい。だが、きついからこそ、どこか当たっている気もする。準備が足りなかった。金の見通しも、客の当ても、続けるための体力も、まだ十分ではなかった。にもかかわらず、嫌なものから逃げる勢いを、始める資格と取り違えた部分があったのだと思う。

逃げたかったことと、やりたかったことは、同じではない。

この二つは、似た顔をして近くにいる。会社が嫌だ、この働き方は合わない、もっと自分の裁量でやりたい。そう思うことは、まちがいではない。だが、それだけで新しい仕事の芯ができるわけではないのである。嫌いな場所から離れたい気持ちは、出発の火にはなる。けれど、その火だけでは、長く煮るためのかまどにならない。

好きなことを仕事にする、という言葉も、少し雑だったのかもしれない。

好きならできる、好きなら続く、好きなら苦労に耐えられる。そんなふうに、好きをひとつの魔法みたいに考えていた時期がある。だが実際には、好きなことほど段取りがいる。何を先に整え、何を後に回し、どこで金を生み、どこで時間を守るのか。勢いだけではなく、順番が要る。好きを壊さず仕事に変えるには、熱より先に、置き場所を決める手つきが要るのである。

昨夜、古いノートを一冊めくった。

独立する前に書いた走り書きが、いくつも残っていた。やりたいこと、やりたくないこと、こんな暮らしにしたい、という短い文である。読んでいると、少し恥ずかしくなった。理想が青かったからではない。理想のまわりに必要な手順が、ほとんど書かれていなかったからだ。夢の図はあるのに、そこへ行く道順がない。私はたぶん、その道順のなさを、自由と呼んでいた。

稼ぐって難しい、とこのごろつくづく思う。

けれど、その難しさは、才能が足りないという話だけでもないのだろう。好きなことを仕事にするなら、好きという感情のほかに、土台をつくる時間、回り道を受け入れる辛抱、金の流れを冷たく見る目、そのへんがどうしても要る。言い換えれば、夢を見ることと、続ける仕組みを組むことは、べつの仕事なのである。

私はその区別を、少し遅れて知った。

遅れたぶんだけ、いま苦しいのかもしれない。だが、遅れて知ったからもう終わりだとも、まだ言い切れない。土台は最初にしか作れないわけではないからだ。足りなかったものを後から足すのは、格好よくない。だが、格好よさで今月の支払いは済まない。

好きなことを仕事にするには、段取りが必要だ。

それは夢を冷ます言葉ではなく、むしろ夢を長持ちさせるための言葉なのだと思う。私はようやくその当たり前に触りはじめたところで、いまもまだ、机の上の数字と、自分の好きだったものの顔とを、かわるがわる見比べている。