最近、読み出して途中で止まっている本が、机の上に積み上がっていた。
新書、評論、古典、奇書。最初の数ページは興味深くて買うのだが、だんだん固有名詞や時代背景が分からなくなって、しおりが3分の1あたりで止まる。本に問題はないので、自分の読み方の問題なのだろうと思う。
そんなとき、たまたま 3 本の YouTube 動画を続けて観た。文芸評論家、芸人、それからゆっくり解説動画。それぞれ違う角度から「難しい本の読み方」を語っていたのだが、並べてみると、3 人とも同じことを違う方法で言っていた気がする。
難しい本を読むコツは、たぶん「諦め方」にある。
完璧に理解しようとしないで、どこを諦めるかを先に決める。すると、難しい本は急に通る。順に書いてみたい。
1. 飛ばし読みする — 三宅香帆さんの 6 つのコツ
1 本目は、文芸評論家の三宅香帆さんが、中公新書『近代日本の官僚』を例に、難しい本の読み方を 6 つのコツに分けて語る動画だった。
最初に来るのは、こういう構えである。
難しい本は 2 回読む前提 にして、1 回目は固有名詞とデータを飛ばす。
たとえば「明治 22 年の山県有朋内閣で大隈重信外相が…」のような文章にぶつかったとき、固有名詞と年号を全部追っていたら、文章全体の流れが消えてしまう。1 回目はそれらを思い切って飛ばし、著者が言いたい大筋だけをざっくり把握する。「全部分からなくていい」と先に自分に許可を出してから読み始める、という構えだ。
漫才コンビ、バッテリィズの「全部聞き取れたのに」という有名なボケが、この感覚をうまく言い当てている、と三宅さんは言う。聞き取れていることと分かっていることは別物で、分かるためには、聞き取れない場所を飛ばす勇気が要る。
このやり方は、諦めの順番 を決めることだ。「ここでは諦める」と先に決めておけば、本の続きを読む権利が手に入る。
2. 番長を探す — 又吉直樹さんと『遠野物語』
2 本目は、芸人で作家の又吉直樹さんが、柳田國男の『遠野物語』をゲストと一緒に深く読む動画だった。
『遠野物語』は 1910 年に書かれた本で、岩手県遠野地方に伝わる怪談や妖怪の話を、柳田が現地の青年・佐々木喜善から聞き取り、文学形式で発表したもの。119 話あるのだが、いま読み返すと、断片的でつかみどころがない印象が残りやすい。
ところが又吉さんがこの動画で示すのは、こういう読み方だった。
この本のすべての話の元になっているのは、佐々木喜善が話を集めてきた 「ニタ蔵」 という、村で疎まれていた老人なんですよ。
ニタ蔵は 2 章にわたって取り上げられていて、佐々木はこの一人の人物を本の構造の中心に置いている。又吉さんはこの老人を「番長」と評する。
番長を見つけると、断片的な話の連なりが、ひとつの人格の周りで動き始める。怪談集を読んでいるはずが、いつのまにか「ニタ蔵という一人の老人の世界観」を読んでいる、というふうに視点が変わる。
これは、全体を完璧に理解するのを諦める代わりに、語り手にだけは寄り添う という戦略だ。本全体は分からなくていい。中に居る人間ひとりに焦点を当てる。
3. 解かずに堂々巡りに乗る — ドグラ・マグラ
3 本目は、「読むと頭がおかしくなる」と言われる三大奇書のひとつ、夢野久作の『ドグラ・マグラ』(1935 年)をゆっくり解説した動画だった。
執筆 10 年・構想 10 年、原稿用紙 1000 枚以上の大著で、記憶喪失の主人公が九州大学の精神病棟で目覚め、亡くなった博士の遺稿群を読まされ、自分が誰なのかさえ最後まで分からない、という構造を持つ。
この本に対する「正しい読み方」を、解説動画はこう示す。
ドグラ・マグラは、謎を解くために読むのではなく、謎の周りをぐるぐる回る ために読む。
「探偵が犯人で、犯人が探偵」というように、原因と結果が無限に巡っていて、結末は実は冒頭に戻るだけ。読者が「真相はこれだったのか」と理解しようとすると、本のほうから「いやそれはまた別の遺稿で否定されますよ」と裏返される。
そもそも作中で「ドグラ・マグラ」という題名は「堂々巡り目くらまし」の意だと示されている。読者を煙に巻くこと自体が、物語の本体になっている。
だから、この本は 解こうとしない のがコツになる。堂々巡りに身を任せて、その渦の感触そのものを楽しむほうへ態度を切り替える。これは三宅さんの「飛ばし読み」とも、又吉さんの「番長探し」とも違うが、根は同じだ。完璧な理解を諦める こと、その代わり別の楽しみ方を見つけること。
まとめ
3 本を並べると、こうなる。
- 三宅香帆さん — 1 回目は固有名詞とデータを飛ばして、大筋だけ追う
- 又吉直樹さん — 全体を分かろうとせず、語り手の中心人物にだけ寄り添う
- ドグラ・マグラ解説 — 謎を解こうとせず、堂々巡りそのものを楽しむ
3 つはまったく違うように見えて、共通しているのは、完璧な理解を最初から諦めている ということだ。違うのは、何を諦めて何を残すかの選び方。
私たちはたいてい「難しい本を読み切れない」ことを、自分の知識不足や集中力不足のせいにしがちだ。けれど 3 人の話を並べてみると、それより手前にある問題が浮かぶ。「全部分かろうとしている」 という構え自体が、難しい本を遠ざけているのかもしれない。
机の上に積み上がっている本に戻ったとき、いま試してみたいのは、まず どこを諦めるか を先に決めてから 1 ページ目に戻る、ということだ。三つの諦め方のうち、その本に合いそうなものを選んで、試しに 3 章ぶんだけ読み進めてみる。
しおりが止まる場所は、たぶん少しだけ、前に進む気がしている。
参考にした動画
- 三宅香帆「難しい本の読み方」6 つのコツ — https://www.youtube.com/watch?v=gLvXIOGJAOc
- 又吉直樹×ゲストで掘る『遠野物語』 — https://www.youtube.com/watch?v=A1kR047NVug
- ドグラ・マグラの読み方(ゆっくり解説)— https://www.youtube.com/watch?v=w4UIsDjusFc