札幌の仕出し弁当屋が、90年変わらない味を守っている。ロードバイクの強い選手たちは、ペダルのつく腕をわざわざ短くしている。50代の市民ランナーが、足の骨を折ってから、走る距離をいったん手放した。題材も場所もばらばらだが、どれも「何を守って、何を動かすか」の話に見えてくる。
ものを長く続けている人を見ていると、ひとつ気づくことがある。守りたいものほど、その人はそれに直接手を入れない。手を入れるのはいつも、その周りの方なのだ。真ん中は固定して、外側だけを組み替えている。
なお、この記事の終わりの方で怪我の話を扱う。体の反応は人によって違うので、ここに書くことがそのまま自分に当てはまるとは限らない。痛みが続くときは医師に相談してほしい、というのを先に置いておく。
守りたいものほど、人はそれに直接手を入れない。動かすのはいつも、その周りの方だ。
順に書いてみたい。
1. 石狩弁当 — 3代目が「触らない」と決めた一点
札幌の仕出し弁当屋「八わ」は、今年で創業90年目になる。ある仕出し弁当屋の3代目の方が、2代目である父から味を受け継いだ。看板の石狩弁当は、開店当初から続くお品書きだ。
父とその方は性格がまるで違うという。父は一つの料理に何十回も味見をさせる人だった。その方は一度しか味見をさせない。それでもその方は、味そのものについてこう言う。研究に研究を重ねた味なので、触らない、と。
面白いのは、「触らない」のは味だけで、その周りはむしろ毎日きっちり動かしている点だ。紅鮭は鮮度を逃さないように半身で仕入れ、すぐに味付けをする。イカは刺身に使える鮮度のものを、190度で短く揚げる。時間が経っても食感が落ちないようにするためだ。卵焼きには1日130個の卵を使い、出汁の効いた味を一定に保つ。真ん中を変えないために、手元の段取りには休みなく手を入れている。動かさないことと、何もしないことは、まるで別のことなのだと分かる。
そもそもこの家は、外側を何度も組み替えてきた。始まりは祖父にあたる初代の方が開いた古本屋で、その後は寿司、よく行列のできたおにぎり、そして弁当へと業態を変えてきた。変えなかったのは、手で作ったものを人に渡す、という芯の方だけだ。
2. ロードバイク — 強いほどクランクが短くなる
ロードバイクのクランク、つまりペダルのつく腕の部分を、短くする選手が増えている。トップ選手のひとりは165mm、別のトップ選手は150mmだという。短くすると速くなるのか。ある自転車系の配信者の方が、その理屈をていねいに説いている。
自転車で出せる力は、ペダルを踏む力と、クランクの長さと、ペダルを回す速さ、この三つの掛け算で決まるという。速くなりたい。でも歯車はもう一番重いところまで来ていて、これ以上重くはできない。踏む力も、すでに人間の限界に近い。
そこで残っている、手を入れられる場所が一つだけある。クランクの長さだ。短くすると足の動く幅が小さくなって回しやすくなり、前傾も取りやすくなる。その代わり、同じだけの力を出すには回す速さを上げなければならない。片方の得は、もう片方の引き換えとちょうど裏表になっている。
その方の言い方が印象に残った。強すぎるがゆえに短くなる、というのだ。弱い人が真似ても、うまみは出ない。ここで動いているのは「速くなりたい」という真ん中ではない。その真ん中にはもう手が届かないから、周りに残った一つの寸法だけをいじっている。守りたい一点は固定で、触れるのは外側だけ、という順番がここでもくり返されている。
3. 市民ランナー — 距離を手放したら、芯は無事だった
ここからは怪我の話になる。50代の市民ランナーで、あるスポーツ系の配信者の方は、2025年の秋に絶好調だった。ハーフを1時間25分で走れていた。ところが福山マラソンの30km地点で右足の甲に激痛が走り、診断は疲労骨折だった。
医師からは3か月走るな、と言われたという。けれどその方は、すでに申し込んでいた三つのレースを諦めきれず、痛みを押して出場し、すべて結果を残せなかった。直しながら走れる、というのは幻想だった、と本人は振り返っている。
ここは慎重に書いておきたい。疲労骨折は安静が原則で、痛みをこらえて走り続けると、治りが遅れたり、骨が完全に折れて手術が必要になることもある、と整形外科の情報では説明されている。これはその方が自分の体で記録したことであって、誰かに勧められる手順ではない。
転機は最後のレース前の3週間だった。痛くてまったく走れず、自転車とプールだけで過ごした。内心では、3週間も走らなかったら息の続く力は終わりだ、と怖かったという。ところがレース当日、序盤に息はまったく上がらなかった。止まったのは、足の筋肉と骨の痛みだけだった。
走る以外の運動でも、心肺の力はかなり保てる。これはスポーツ科学では知られていて、自転車や水泳である程度は維持されることが研究でも裏付けられている。ただし専門の種目そのものの練習にはかなわず、効き方には個人差がある、とも報告されている。その方が本当に守りたかったのは、走るという行いではなく、その心肺の力の方だった。走らないと不安だ、という思い込みに引きずられて、距離という手段を真ん中だと取り違えていた間、肝心の芯を鍛える手はむしろ止まっていたのだ。
まとめ
三つを並べてみると、形がそろってくる。
| 守りたい一点 | 触らない真ん中 | 動かした周り |
|---|---|---|
| 八わの味 | 味そのもの | 仕入れ・揚げ方・段取り |
| 自転車で出す力 | 踏む力の限界 | クランクの寸法 |
| 心肺の力 | 息の続く力 | 距離という手段 |
続けている人ほど、どこが触ってはいけない真ん中で、どこが動かしてよい外側なのかを、はっきり分けている。混乱は、たいてい二つの形で起きる。守りたいものそのものをいじろうとしたとき。そして、手段にすぎないもの——距離や道具や段取り——を真ん中だと思い込んで、手放せなくなったときだ。
体のことは人によって違う。強い不調が続くなら、自分の体での実験より先に医師に相談してほしい。そのうえで言えば、続けるというのは、同じ場所に立ち止まり続けることではないらしい。触ってはいけない一点を見失わないために、その周りをずっと動かし続けること——それが「続ける」の中身なのではないか、という気がしている。
参考にした動画
- 札幌「八わ」90年目の石狩弁当:3代目が守る変わらない味 — https://www.youtube.com/watch?v=A34nwjUZHV8
- ロードバイクのクランク長は短い方がいいのか? プロが短くする理由 — https://www.youtube.com/watch?v=TjhbFQvmhqA
- 怪我ランナーが失うのは距離じゃない心配機能だ — https://www.youtube.com/watch?v=Rl3VXgCsxv4