「最も使われていない電動工具」と呼ばれているものがあるらしい。一度買って棚にしまったまま、出番がほとんど来ない一台のことだ。
通販で本物そっくりの蛇口の浄水カートリッジが大量に出回っていて、外見だけでは正規品と見分けがつかない、という話も最近よく聞く。ここは健康に関わる話を含むので一言だけ前置きを置いておくと、体への影響の感じ方には個人差があるし、不安があるときは製造元や正規販売店に直接あたるのが結局いちばん安全だと思う。
一方で、ネットの写真で一目惚れしたアコースティックギターを、わざわざ街の楽器店まで足を運んでから買う、という選び方をする人もいる。
物と人のあいだには、写真に映る面と、手で触れて初めて分かる面と、二つあるらしい。題材は分野もばらばらなのだが、どれも「写真と手触り」のあいだで起きていることに見える。
写真の手前にもう一段、手触りで確かめる時間がある。そこを渡るか素通りするかで、物との付き合いは変わってくる。
順に書いてみたい。
1. 棚で眠る電動工具 — ある木工解説の方の話
ある木工解説の方が、「最も誤解されている電動工具」として ジグソー を挙げていた。木の板を曲線で切ったり、中央に窓を抜いたりするための、片手で持てる小ぶりな電動鋸のことだ。荒い作業には遅く、仕上げ作業には粗い。木工をやる人なら一台は持っているが、結局引き出しの奥にしまったまま、という代表格らしい。
しかしその方の話を聞いていると、これほど誤解されている工具もない、という言い方をされていた。何が違うかというと、刃の選び方と当て方なのだそうだ。厚い板を切るなら歯の間隔は粗く、薄板なら細かい刃、金属を切るならまた別の刃。曲線を切るときは、刃の真上を中心に回すのではなく、刃の 前縁 を回転中心にする。仕上げたい面を下に向けておけば、切り口の毛羽立ちは反対側に出る。直線を切りたければ、簡単な定規を当てるだけで真っ直ぐ進む。
つまりこの工具は、買って箱から出した瞬間に正解の使い方が立ち上がるのではなく、自分の手で何度か触り、刃を換え、押し付けずに刃の側に仕事をさせる、という時間を踏んで初めて活きてくるものらしい。「写真の段」では「使いにくい」と評判されるものが、「手触りの段」では「最も汎用性が高い」と呼ばれる。多くの工具と人の関係は、このあいだのどこかで止まっているのだろうと思う。
2. 通販の写真では分からない偽物 — ある消費者向け解説の方の話
ある消費者向け解説の方が、大手通販に蔓延している 偽の浄水カートリッジ について警告をしていた。蛇口に取り付ける、あの円柱形の交換部品のことだ。本物そっくりに作られていて、各メーカーが「目視では判別が難しい」と公式に認めるレベルだ、と紹介されていた。電話番号まで本物と同じに偽装されている場合があり、内部は粗悪な樹脂で汚染除去の機能を持たない。長く使えば体への影響もあり得る、と説明されていた。
見分け方として挙げられていたのは、販売ページのブランド名表記、相場から大きく外れた値引き、パッケージの誤字、海外発送の有無、といった粗い目印だった。要するに、写真と価格しか並んでいない通販画面では、本物と偽物を画面の上だけで線引きするのは非常に難しい、ということだ。
普段は商品画像と説明文だけで十分に判断できるものが、対象によっては「写真と現物のあいだ」がここまで広がってしまうことがある。安心して使えるかを画面で確かめきれないと気づいたときは、購入経路まで一段下がって、正規販売店や製造元のオンラインショップから買い直す、という素朴な手間が結局いちばん効くようだ。手で触れない時こそ、流通の経路という手前の段にもう一度触りに行く、ということなのだろうと思う。
3. 一目惚れしたギターを試奏で確かめる — ある楽器レビューの方の話
ある楽器レビューの方が、初めての一本のアコースティックギターを買う様子を動画にしていた。前から目をつけていた、白いボディに水色のサウンドホールを持つ一本。ネットの写真で一目惚れし、これと決めて街の楽器店まで足を運んだうえで試奏する、という段取りだった。
面白いのは、その方が「一目惚れの感情こそ最重要」と最初に言い切っていることだ。写真の段で気に入ったかどうかが、楽器選びの一段目。逆にそれがなければ、性能の数字がいくら良くても、結局家で触らなくなる。
しかし二段目以降は全部、店頭に行って初めて分かる話だった。電気で音を増幅できる型と、生で鳴らすだけの型との違いは、店のアンプにつないでみないと体に入ってこない。表板が一枚板か合板かの差は、似た大きさのものを何本か続けて弾き比べないと染みない。同じシリーズで小ぶり・標準・くびれの強い型を順に抱えてみて、ボディの大きさで音と抱え心地がどう変わるかを身体で覚える。一本目で何より大事なのは音色や弾き心地以上に「ちゃんと棚から下ろして手にする癖がつく一本」を選ぶことだ、というのが結論に近かった。
写真の段で「これだ」と決め、店の段で「これでいい」と確かめる。両方やってようやく一本目が決まる、ということなのだろう。
まとめ
三つを並べると、共通しているのは、写真と現物のあいだに薄い段差があり、その段差を渡るためには手で触る、というだけの素朴な手つきが要る、ということだ。
| 題材 | 写真の段 | 手触りの段 |
|---|---|---|
| 電動工具 | 「使いにくい」という評判 | 刃の選び方と当て方 |
| 浄水カートリッジ | 通販の商品画像 | 正規販売店という流通経路 |
| 一本目のギター | ネットでの一目惚れ | 店頭での試奏 |
写真の段は早く済む。手触りの段は時間がかかるし、外に出て店まで行くことが要る場面もある。だから多くの物は写真の段で止まる。買ったまま箱に入っている工具、偽物と気づかずに使い続けている部品、ネットでクリックして届いたきり棚に並べてあるだけの楽器。
買う前にも、買った後にも、自分の手で一度物に触れる時間を作る、というだけの当たり前のことが、案外できていない。三つの話は、別々の場所から、同じ方向を指しているように聞こえた。
写真と手触りのあいだ。そこを丁寧に渡れる人と、そこをいつも素通りする人がいて、長く付き合えるものが手元に残るのは、たぶん前者なのではないか、という気がしている。
参考にした動画
- 最も誤解された電動工具と呼ばれるものの正しい使い方 — https://www.youtube.com/watch?v=RzhETuvZL7Y
- 通販に出回る偽の浄水カートリッジの実態と見分け方 — https://www.youtube.com/watch?v=4IWaVFyoLZo
- 初めての一本目のアコースティックギターを試奏で選ぶ — https://www.youtube.com/watch?v=xbZtaisa9pI