肩書きを下ろした場所で、思いがけず仕事が回り出す方がいる。準備していた手順が崩れた現場で、まったく別の筋から場が救われることがある。長くやってきた競技に対して、もう一度別の入口から入り直すと、続ける気持ちが戻ってくる、というのもあるらしい。

正面から押すと進まない場面、というのがある。声を強くしたり、手順を増やしたり、説明を細かくしたり。同じ方向にもう少し力を入れれば抜けるはずだ、と思って押し続ける。けれど、その手前で一度横にずれてみると、思っていたよりも素直に物事が動いていく、ということがある。

本筋を外すというのは、手を抜くことでも、計画を諦めることでもないらしい、というのを最近よく考える。むしろ、本流からは少し離れた、隣の細い道に一度わざと入る、ということで初めて姿を現す手応えがある、というほうが近い気がする。

本筋を外したところで、その日が動き出すことがある。

順に書いてみたい。


1. 「ない仕事」を作る — 「など」に肩書きを広げた、ある評論家の方

漫画家として出発し、原稿料の出ない雑誌でデビューした方がいる。そこから少しずつ絵や文章や雑学の話に活動を広げ、肩書きはいつしか「漫画家」から「など」になっていった、と本人は冗談半分に語っていた。確定申告で職業欄を書くとき、「など」と書いた年が一番稼ぎが多かった、と。

その方が長くやってきたのは、「ない仕事」を作る、というかたちでの活動だ。世の中にまだ名前が付いていない領域に勝手に名前を与え、しばらく自分一人で続け、気づくと周りが「そういうものなのか」と思って参加し始める。今では一般語になっている「ゆるキャラ」「マイブーム」も、もとは「ないもの」だったらしい。

集め方も独特だ。「好きで集めるのではない、好きでも嫌いでもない、気になるものを集めるんです」と表現されていた。心が完全には動かないものを、それでもなぜか棚に並べていく。意味は後から付いてくる、ということなのだろう。

漫画家として正面の道を行くという最初の本筋は、ある時点から外れていったように見える。けれど、そのおかげで肩書きが「など」のほうへ広がり、結果としてそちらが本業のようになっていった。本筋に乗ったままでは、おそらくこの仕事の作り方は出てこなかったのだろうと思う。


2. ロボットが歌い始めた — 師匠が倒れた中国の見本市の、ある新卒社員の昔話

別の動画。あるメーカーの新卒社員だった方が、入社まもなく中国の大きな見本市にロボットの実演担当として派遣された、という昔話を、夜の睡眠導入向け配信で淡々と話している。

連れて行ったのは、当時の最先端の二足歩行型ロボットだった。会話もできるし、いくつかの動作も見せられる。けれど操作の手順がとても複雑で、本来は熟練の師匠と二人で組んで実演するはずだった。出発の直前、その師匠が痛風で歩けなくなる。代わりは間に合わず、入社一年目の若い社員ひとりで、大きな会場に立つことになった。

英語と中国語のあいだで質問を取り違え、操作も詰まり、機能の細かい仕様を聞かれても答えられない。場の温度がどんどん下がっていく。最後に、苦し紛れで、ロボットに「茉莉花」を歌わせた。中国でよく知られた古い民謡だ。流暢に歌い始めたロボットを見て、観客が一斉に笑顔になり、拍手が起きる。そこから会場の空気が変わり、機能の説明も少しずつ通るようになって、その日の展示は成功で終わった、ということだった。

技術の正面突破ができなかった日に、横から歌が差し込んだ。冷静に振り返るとそれは「機能を正しく説明する」という当初の本筋からは完全に外れた手だったのだろうが、その日の会場を動かしたのはそっちだった、と本人も述懐していた。


3. 「純粋に走る」に戻る — 50代でもう一度、ある元短距離の代表選手

最後に。十数年前のある大きな世界大会で、四百メートルリレーの銀の表彰を受けた、ある元短距離の代表選手の方の、五十代になってからの密着取材がある。

長らく避けていた、年齢別の世界の陸上大会に、ある年から出るようになった、と語られていた。長く避けていた理由として、現役時代の延長で勝ち負けの世界に入ると、また期待や肩書きを背負って走ることになる、それが嫌だった、ということを挙げていた。

それでもある時から、肩書きを下ろしたかたちでその大会に出てみると、勝ち負け以前の「純粋に走る感覚」が戻ってきた、と本人は言う。五十代に入ってからも、百メートルで十秒台の追い風参考記録まで戻し、その翌月には大胸筋を断裂して手術を受け、復帰の調整を経て再び大会に戻ってきた。練習方法は、好きな場所まで歩いて行きながら、十キロの重りを身に着けて山の坂道を駆け上がる、というもの。本人いわく「仙人トレ」。

「代表として国や企業を背負って走る」という本筋を一度下ろし、年齢別という別の場所から競技に入り直したことで、走ること自体への気持ちが戻った、ということらしい。正面の道からは外れた入口だったけれど、そこから入り直すと、続けるための動機がもう一度立ち上がってきた、ということなのだろう、と思う。

体への負荷の話を含むので、一つだけ補足を。重りを身に着けて急斜面を駆け上がるような練習は、長年の競技経験と専門の指導歴がある方の独自のやり方で、年齢が上がってからの運動再開で安易に真似していい話ではない。痛みや違和感が続く場合は、自分の判断で無理に動かす前に、医師や指導者に相談したほうが安全だろう。


まとめ

肩書きを「など」に広げた評論家の方、機能の説明を歌に置き換えた新卒の方、代表の場所から年齢別の大会に移った元短距離選手の方。三人を並べてみると、本流の隣にあるもう一本の細い道に、それぞれの場面で一度わざと足を踏み入れた、という共通点が見える。

その細い道は、正規の道ではない。本筋を外しているという自覚もある。けれどその道に入った瞬間に、本流では呼び出せなかった反応——「ない仕事」が成立する、会場の空気が笑いに変わる、走ること自体が楽しくなる——が、ぽっと立ち上がってくる。

正面から押して進まないとき、しばしば押し方を強くしたくなる。手数を増やしたくなる。手順を細かくしたくなる。けれど、本筋の外側にある別の入口に、一度わざと足を踏み入れてみる、というのも一手なのかもしれない。それは怠けでも諦めでもなく、本流の風当たりを一度横にやり過ごして、別の流れに乗り換える動作なのだろう、という気がしている。

そして面白いのは、いずれの場合も、その細い道のほうがその人にとっての本業になっていくところである。「など」のほうが、稼ぎの中心になる。歌で逆転した日の経験が、その人の語り草になる。年齢別の大会のほうで、走ることの動機がもう一度立ち上がる。本流を支えるはずだった脇道が、いつのまにか、その人の本流のような位置に来てしまう、というのは、わざわざ覚えておきたい順序だと思う。


参考にした動画