猫の死んだ縁側、機能を奪われた機械式時計、人が住まなくなって床の抜けた古い家。題材は別々だが、どれも「使い手が抜けたあと、その席が別のかたちで埋まっていく」という一点で似て見えた。

席が空く、というのは、たいてい悲しいか不便かのどちらかで語られる。猫が死ねば飼い主は喪に服す。技術が古くなれば前の代は捨てられる。住人がいなくなれば家は朽ちる。それで終わりだろうと思っていた。

ところが、空いた席というのは、思ったよりすぐに別の何かに座られるらしい。座り方は当然違う。同じ役には戻らない。けれども空席の輪郭はだいたい残っていて、その輪郭をなぞるように、別のかたちが入ってくる。

いなくなっても、いるものはいる。

順に書いてみたい。


1. 縁側 — 猫の場所に、自分が座る

ある解剖学者で随筆も書く方が、年末に飼い猫を亡くしたところから春の話を始めていた。猫が日向ぼっこをしていた縁側へ、自分が出て行って「猫の代わりをしている」のだという。ウグイスの声が、昔よりよく聞こえる気がするらしい。

「代わりをする」という言い方が引っかかった。猫がいなくなった以上、その縁側はもう用済みになっていいはずだ。日向ぼっこの席というのは、猫のための席だったのだから。ところがこの方は、猫が抜けたあとの席に、自分のからだを入れている。

たぶんこれは喪の作業とは少し違うのだろうと思う。新しい猫を飼うのでもなく、写真を飾って手を合わせるのでもない。猫の座っていた場所が、まだ家の中で「縁側」として残っていて、そこに誰かが座らないと家全体の重心が崩れる、というような話に近い気がする。

この方は、死期を悟って消えようとした猫を一度連れ戻して治療した、と振り返り、それは自分のわがままだったのではないか、と少し悔やんでもいた。猫は具合が悪くなると、わざわざ幸せな方に行こうとせず、ただ静かに消えるのだという。連れ戻したのは「死なれたくない」という自分の気持ちのためだった、と。

それでも、いなくなった猫は「なんとなくそこらにいる」感じが続くという。物理的な不在と、輪郭としての気配は、別物だ。空いた席は、必ずしも消えない。


2. 文字盤 — 走らなくなった時計が、別の席に座り直す

もうひとつは、機械式時計の話だった。1969 年に水晶発振を使った電子時計が出てきて、機械式は「時刻を正確に刻む道具」としての座から、すぐに降ろされた。日に数秒の誤差を必死に削っていた精密機械が、月二十秒におさまる安い電子部品に追い抜かれた。それで機械式は終わるかと思いきや、そうはならなかった。

機能を失った機械式時計は、装飾品として残った。文字盤の裏側を透かして見せ、歯車の動きそのものを鑑賞させる。複雑な脱進機構は「見せるための仕掛け」として価格にのる。最近では、ある高級な車をつくる会社が、新しい車種に機械式時計の機構の名前をそのまま付けたという。もう走るために必要な技術ではなく、機械らしさを纏うための贅沢として、内燃機関のほうも同じ道を歩み始めているらしい。

正確さの席は、電子時計に譲った。譲ったうえで、機械式は「時計とはどう見えるか」という別の席に座り直した。文字盤の輪郭はそのままだ。針が動き、数字が並んでいる。形は時計のままで、中身は装飾になっている。ここでも、空いた席を別のものが埋めている。

これを「生き残り」と呼ぶか「落ちぶれ」と呼ぶかは、たぶん見る人次第なのだろう。


3. 抜けた床 — 住人が去った家に、知らない人を一晩入れる

三つめは、空き家を百万円で買って直そうとしているある方の動画だった。平成のはじめに建てられた戸建てで、台所の床が水道管からの漏水で抜けてしまっている。前の住人はとっくにいない。それでも家の中には、ずいぶん物が残っていた。小さなクルマの模型、対戦カードゲームの札の束。「お宝発掘」と呼ばれ、別の回でじっくり見ていく予定らしい。

ここでも「誰がいなくなったあとに、何が席にいるか」という見え方ができる。住人は去ったが、子どもが集めていた札が、床の抜けたあたりに散らばっている。住人の輪郭は、物の集まりとしてまだ残っているわけだ。

そのうえで、この方はその家を「宿」にすると言っていた。修繕後は他人を泊めて、知らない人の数日分の暮らしをそこに通すことになる。床を直し、配管を入れ替え、住人の輪郭の上に、ぜんぜん違う使い方を被せる。家のかたちは家のままで、座っているものが変わる。前の家族の場所に、見知らぬ旅人が一晩寝る。

席は空いていない。空いたまま放っておくと、別のかたちで誰かが入っていくのだと思う。


まとめ

3 つを並べて見えてきたのは、「席が空いた」という出来事が、終わりというよりは移り変わりの境目に近い、ということだった。

場所出ていったもの入ってきたもの
縁側死んだ飼い猫飼い主自身のからだ
文字盤正確に時を刻む機能機械を眺めるよろこび
古い家前の住人知らない旅人の一晩

入ってくるものは、出ていったものと同じ役は背負わない。猫の代わりにウグイスを聞くのは飼い主自身であり、時計は飾りになって走らない。新しい家主が泊めるのは家族ではなく旅人だ。同じ席に、別の使い方が来る。

それでも空いた輪郭はだいたい残っていて、新しいものはその輪郭を頼りにそこへ入っていくのではないか、という気がする。完全に何もない更地には、新しいものを置きづらい。誰かが座っていた跡がうっすら残っているからこそ、次に座る側も、ここに座ろう、と思えるのかもしれない。

席を譲ることは、消えることとは違うのだと、並べてみてようやく思い至った。逆に、輪郭を急いで塗り潰そうとすると、たぶんうまくいかない。猫が死んだ翌日に新しい猫を迎え入れたところで、縁側の重心はすぐには戻らないだろうし、解体されてしまった古い家の跡には、どこに玄関があったかさえ分からなくなる。輪郭が見えるうちに、ゆっくりと別のものが入ってくる、というのが、たぶんいちばん自然な席の埋まり方なのだと思う。


参考にした動画