「自分には届かない」と気づく瞬間が、たぶん誰の人生にも一度はあるのだと思う。がんばればなんとかなる、と思って続けてきたものが、ある日、思いがけない場所で「がんばっても届かない高さ」と並んでしまう。そういう時、人はどうしているのだろう、と最近よく考えていた。
映画オーディションの控室で、自分の机にだけ資料が置かれていないことに気づいたあるお笑いコンビの方。ボディビルで日本一を取った直後に「異常個体」を見てしまい、半年トレーニングをやめたあるボディビルダーの方。別のシングルの選手のジャンプを見て、シングルからペアに種目を変えたあるフィギュアスケート選手。立場はばらばらだが、3人とも「自分より上にいる人を見つけてしまった日」のことを、はっきり覚えている。覚えているからこそ、その後の歩き方が分かれた。
上に出会ってしまったあと、その人は別の足の置き方を覚える。
順に書いてみたい。
1. あるお笑いコンビの方 — 隣の机の資料が、自分の位置を教える
その方は、映画『国宝』を観た感想として、稽古と「初期値」の話をしていた。
家にボールがある家とない家がある。家にスパイクがある家とない家がある。その差は、努力で詰めるのが難しい。その方自身は小学校3年生でサッカーを始めた時、ボールもスパイクも家になかった。体育館の鍵を借りて、30分早く行って、ゴムボールで自主練していた、という。
頑張らない時代になると、初期値で勝負が決まる社会になりはしないか。
厳しい稽古がない方が絶対にいい、と前置きを置きながら、その方はそうつぶやく。
その話の途中で、もう一つ別の場面が出てくる。若い頃お笑いコンビとして映画オーディションを受けに行ったときのことだ。控室の机に俳優の資料が置いてある。何の気なしに見ると、自分の前に座っていたほかの俳優の方の資料だけがそこにあり、自分用のものは置かれていない。
その時、もう呼ばれてない感じが分かった。
それが分かってしまうと、その日のオーディション全部が虚しくなる。そこから先、映画関係の全般に少し絶望した、とその方は話している。
机の上の資料の薄さで、自分の位置が分かってしまうことがある。その方はこれを攻撃的には語らず、淡々と、そういうことが起きるのだ、と並べる。そして、その経験を書く側として持ち帰っている。その方の返事は、「上を見つけてしまった事実を、覚えておく」というかたちに近い。
2. あるボディビルダーの方 — 太陽を視野の真ん中に置かない練習
2人目は、あるボディビルダーの方。2024年に23歳で日本一を取っている。
その日本一を取った直後に、半年トレーニングをやめている。理由は単純で、もっと上の人、自分の言葉では「異常個体」たちを見てしまったからだ、と話していた。毎年大会のたびに身体を仕上げ直してくる人たちを見て、「俺には向いてないんじゃないか」と思ってしまった、と。
その半年は本を読んだり別のことをしたりして過ごす。そしてメガホームジムで「異常個体」たちに直に触れ、もう一度逆向きの判断をする。「一周回って、こんなにやらなきゃいけないのか」と。復帰した後、その方はこの一連の身のかわし方を「見て見ぬふり力」と呼んでいる。
太陽は直視するな。周辺視野にぼやっと入れておけ。
トップを視界の真ん中に置くと、まぶしくて何も動けなくなる。だから視野の端に置く。存在は知っている、けれど見つめない。見つめるのは昨日の自分だけにする。イカロスのたとえも添えていた。太陽に近づきすぎれば羽が焼ける。だから低空を飛ぶ。低空でいいから止まらないでいると、いつの間にか少しずつ上がってくる、と。
これは、お笑いコンビの方とは逆方向の返事に思える。あの方が事実を覚えておくのに対して、このボディビルダーの方は見方の方を訓練し直す。だからこそこの方はこれを「力」と呼んで、生まれつき持っているものではなく、あとから身につけるものとして話しているのだろう。
3. あるフィギュアスケート選手 — 種目をずらす、という返事
3人目は、あるフィギュアスケート選手。3歳で氷に乗り、人生最初の記憶がその瞬間だと話している。8歳で5種類の3回転を飛び、別のフィギュアスケート選手も教えたあるコーチに「飛べる前提」で教わって育った人だ。
順調にいけば、シングルの選手として大会に出続けていただろう。その途中で、上の人を見つけてしまう。
別のシングルの選手が、重力がなくて、未来のあるジャンプを飛んでいた。
それを見て、その選手は「シングルでは勝てない」と判断したという。判断、と書くしかないほど本人の口ぶりは静かだ。だから何かを諦めたのではなく、ペアスケートに転向すると父親に話して通した。
ちょうど父親の海外赴任の選択肢に中国があり、ペアの大家と呼ばれる選手たちが育ったその国で、自分も育つ道があった。中国はペアが強い土地だ、というところまで含めて自分で材料を揃え、カナダ・モントリオールに留学までして、2012年に日本ペア史上初の世界選手権銅メダルを取る。怪我で一度引退を決めるが、ソチ五輪に団体戦の種目ができると聞き、引退準備中だったあるペアスケート選手と組み直して五輪に出る。
この選手の返事は、お笑いコンビの方の「覚えておく」とも、ボディビルダーの方の「直視しない」とも違う。競技そのものをずらす。シングルからペアへ、日本からカナダへ、自分の身を置く土地ごと組み替えていく。これは諦めや撤退ではなく、自分が立つ位置の方を作り直しているように見える。
引退後に松竹芸能に入った経緯にも、同じ手つきがある。あるお笑い芸人の方が「滑り」を一貫してやり続けて自分のジャンルにしてしまった、その一貫性を手本にしたのだという。
まとめ
3人とも、「これは勝てない」と気づく瞬間がはっきり来ている。気づいたあとの足の置き方が、別々だった。
| 人 | 上を見つけた場面 | その後の身の置き方 |
|---|---|---|
| あるお笑いコンビの方 | 控室の机に、ほかの俳優の方の資料だけが置かれていた | 事実として覚えておく。書く側の素材に組み込む |
| あるボディビルダーの方 | 日本一を取った後、上の人たちが毎年仕上げ直してくるのを見た | 太陽を視界の真ん中に置かず、視野の端で見続ける |
| あるフィギュアスケート選手 | 別のシングルの選手が「重力のないジャンプ」を飛ぶのを見た | シングルを降りてペアへ、種目そのものをずらす |
3人に共通しているのは、上を見つけた事実を否認していないことだ。「あの人は別格」「自分はまだ遠い」と、はっきり認めている。認めた上で、お笑いコンビの方は観察する側に回るための材料にする。ボディビルダーの方は見方の方を訓練し直す。フィギュアスケート選手は種目を別のものに変える。それぞれ別のやり方で、自分の足のかかとを別の場所に置き直している。
それでも3人とも、「もう絶対あの人には届かない」というところで終わっていない、というのが小さく面白い。お笑いコンビの方はその後に芥川賞を取って書き続け、ボディビルダーの方は復帰して日本一を取っている。フィギュアスケート選手は銅メダルから五輪、引退後のテレビと続けている。
上の人を見つけてしまった日に、その日の自分が思いつく結論をそのまま信じない。3人ともそうしているように見える、という気がしている。
参考にした動画
- あるお笑いコンビの方が『国宝』を見て考えた稽古と初期値 — https://www.youtube.com/watch?v=l93Yq5-vsPA
- 「見て見ぬふり力」:絶望に殺されず継続する技術(あるボディビルダーの方) — https://www.youtube.com/watch?v=MPHlqk-QCU8
- あるフィギュアスケート選手「2時間睡眠&14回転校で世界銅メダルへ」(あるお笑い芸人の方のトーク番組) — https://www.youtube.com/watch?v=5Mt6Pnf4uPA