「自分の店」「自分の鍋」「自分の畑」と、人はそれぞれの仕事を呼ぶ。意識せずに「自分の」をつけている。けれど、よく見ていくと、その「自分の」のうち、本当に自分の手でやった部分は半分くらいしかないのではないか、と思う日がある。

神戸の洋食店、ウズベキスタンの結婚式の大鍋、愛媛の山の畑。どれもものを生む場所だが、規模も国も時代もばらばらだ。ばらばらだが、見ていくと、つくっている主役が「店主」「料理人」「農家」ではないように見えてくる。

主語を「私」のままにしておくと、その仕事は意外と脆い。

順に書いてみたい。


1. 神戸の洋食店 — 客が建て直した「自分の店」

神戸の新開地に、1952年から続く洋食店「グリル一平」がある。五日かけて煮込むデミグラスソースを売りにして、ファミレスが伸びてきた70年代も流行に乗らずにそのまま続けてきた店だ。

1995年の阪神淡路大震災で、店は全壊した。初代から受け継いできた道具も鍋も瓦礫に変わった。二代目店主は閉店を決め、しばらく心を閉ざしていたという。

ところが、常連客たちが勝手に店を建てた、というのである。文字通り「勝手に」建てて、店主に向かって「腹が減った、料理を作れ」と言った。道具も材料も足りないので、出てくる味は前のソースとは違う。違うのに、常連は「全然違う」「金取るな」と毎日のように文句を言いに来た。文句を言いながら、毎日通った。結果として、店主は廃業のタイミングを完全に見失ってしまった、という話だ。

これは美しい話だが、同時に、「自分の店」という言葉がどれだけ正確でないかを示す話でもある。店主は自分でやめると決めることができなかった。やめるかどうかも、続けるかどうかも、半分は通ってきた人たちの側に握られていた。料理人がいて、客が来て、お金が回るのが店だと普通は思う。けれどグリル一平の場合は、客のほうが先に立ち上がって、料理人にもう一度厨房に入るよう促した。順番が逆になっている。

二代目が「客との絆を必ず次の代に引き継げ」と言い残したのは、ソースの作り方を引き継げと言ったのと、たぶん同じくらいの重さの言葉だったのだろうと思う。


2. タシケントの大鍋 — 「自分の鍋」をひとりでは持てない

ウズベキスタンの首都タシケントで、結婚式用のプロフを巨大な鍋で炊く映像がある。鍋はカザンと呼ばれる、人の身長くらいある鋳鉄の大鍋だ。油・米・黄色いニンジン・ひよこ豆・玉ねぎ・ラム肉・レーズン・ラム脂・クミンと、層を重ねるように具を放り込んでいき、脇には焼きたての平たいパンが山と並ぶ。十六分ほどで、振る舞い料理が一気に出来上がる。

この鍋は、誰の鍋なのだろう、と見ていて思う。

調理場には何人も立っている。あの大きさだと、ひとりで底をかき混ぜることはまず無理だ。玉ねぎを刻む人、油を熱する人、ラム肉を仕込む人、火加減を見る人が同時に動かなければ、料理として成立しない。さらに、大鍋を据えるためのかまど、薪、米、肉、果ては婚礼に集まる親族・隣人までを含めて、ようやくその一鍋になる。

「料理人が作った」と短く要約してしまえるのだが、実情はもっと広い。土地が黄色いニンジンを育ててきた歴史があり、結婚式に大鍋でまかなうという地域の慣わしがあり、その慣わしを受け継いだ親族がいて、初めて一鍋が成立する。台所のいちばん中心に立っている人はいる。いるのだけれど、料理は背景の輪のなかで作られている、と言ったほうが近い気がする。


3. 愛媛の畑 — 「わら一本人間が作ったのではない」

愛媛・伊予の地で、ある自然農法の提唱者の方は、自然農法という考え方を生涯かけて練り上げた。耕さない、雑草を抜かない、農薬を撒かない、化学肥料も入れない。種もみを土の上に直に蒔いて、刈ったわらを敷いておくと、土が肥えて雑草も抑えられる。稲を刈る前に次の麦を蒔いてしまえば、雑草の入る隙間がそもそも消える。

その方は25歳のときに急性肺炎で死の淵を見て、「人間の知恵と力は役に立たない」と思ったという。それ以来、農の側を最小限の手出しに切り詰めて、土と植物と虫と鳥が回しているものに、なるべく邪魔をしない、というやり方を取り続けた。動機のひとつに「いかに昼寝の時間を増やすか」を堂々と掲げていた、というのも好きだ。

集大成は粘土団子だった。土に十種類くらいの種と薬草の種を一緒に練り込み、団子状にしてそこら中に撒く。「種類を絞ると大きな発見ができない」と言って、複数の種を混ぜたまま蒔くのが鉄則だった。雨が来ると、その場所と季節に合った作物だけが選ばれて発芽する。何が育つかは、撒いた人ではなく、土と空が決める。

その方は亡くなる95歳まで、こう言い続けたという。

人間が生産しているのではない、自然が作っているのだ。わら一本人間が作っているのではない、自然が作っているのだ。

「自分の畑」とは何だろう、と問い直されている気がする。土を起こし、種を撒き、水を引いて、刈り取った人間の手柄、と要約しがちなのだが、土の中にもとから住んでいる菌や虫や、雨を降らせる雲のほうが、たぶん仕事の大半を引き受けている。


まとめ

並べてみると、店、大鍋、畑は、規模も場所も全然違うのに、共通の絵がある。

表向きの主語じつは仕事を引き受けている側
グリル一平二代目店主通い続けた常連たち
結婚式のプロフ大鍋を仕切る料理人親族・隣人・地域の食文化
その提唱者の畑農夫土・草・鳥・雨

どの仕事も、「自分がやった」と言いたくなる。実際、主語に立っている人はいて、その人がいなくなれば成り立たないことも本当だ。けれど、半分くらいは別の手によって動いている。店なら客、鍋なら共同体、畑なら自然。

このことに気づいておくと、つくる側の構えが少し変わる気がする。主役を譲ってしまえる仕事のほうが、長く続く側に倒れていくのではないか、と思う。グリル一平が震災で店を一度たたみそうになったとき、店主ひとりで抱えていた分は壊れたが、客の側が抱えていた分は無事だったから、店はもう一度起きた。その方が自分の手の力を低く見積もったのも、その分を土に任せていたから、結局95歳まで畑が回ったのだろう。

逆に言えば、「自分の店」「自分の鍋」「自分の畑」をひとりで抱えきろうとした瞬間に、その仕事は急にもろくなるのかもしれない。私が引き受けている分の重さを、ちゃんと小さく見積もる。残りの半分はもう、別の手にまかせる。そういうつくり方のほうが、たぶん最後まで残るのではないか、という気がしている。


参考にした動画