「すみません、もう一度、最初から説明します」

私はそう言って、用意してきた書類の束を、窓口のカウンターに並べ直した。市役所の二階、三番窓口。同じことを話すのは、今日で四度目だった。

担当の人は、前の三回と、別の人である。前任が異動になった、と二度言われ、係が変わった、と一度言われた。理由はもう、覚えなくなった。覚えても、こちらの一日は短くならない。

「ええと、それで、お困りごとは……」

若い職員が、頭の中で書類のどのあたりを見ればいいのか分からない、という顔で、私のほうに目を向けた。私はもう一度、最初の一行から話しはじめる。詳しくは書かない。書きはじめると、嘘でない範囲で、五百字では到底足りないからだ。要するに、隣家との境界に関わる、しかし民事ではぎりぎり収まらない、こちらが穏やかに暮らすために行政の側からひと声かけてもらえないかという、それだけの相談である。

「なるほど。それは、たいへんですね」

たいへんですね、を、私はこの三ヶ月で、たぶん十二回くらい言われた。

職員に悪気はない。むしろ皆、感じの良い人たちだ。書類の不備を指摘されたことは一度もない。私の話を遮ったこともない。それなのに、最後の一歩のところで、必ず、こういうことを言われる。

「これはですね、うちの所管というよりは……」

「県のほうへ、まず相談されたほうが」

「ただ、県もたぶん、市町村の範疇だと言うと思うんですよ」

声は、たしかに届いている。声を聞いてくれている人は、目の前にいる。けれど、その声を受け取って何かをする手が、どこにも見つからない。たらい回し、と言うほど派手ではない。皆、丁寧に、こちらの目を見て、申し訳なさそうに言う。だから、怒鳴ることもできない。怒鳴っても、目の前のこの若い職員が、悪いわけではないのだ。

私はその丁寧さに、何度も負けてきた。

ふと、窓口の脇の、注意書きが目に入った。「窓口での暴言・暴力行為は固くお断りします」と書いてある。私は、暴言を吐くつもりなど、初めから無かった。それでも、その紙が貼ってあるという事実は、私のような相談者を、あらかじめ「いつ怒鳴り出すか分からない人」の側に入れて見ているということなのだろう。穏やかに来た人間まで、穏やかな顔のまま、その紙の射程の中に座ることになる。

窓口を出て、ロビーのベンチに腰をおろした。

冷房がよく効いている。外は、梅雨明けを待つ重い空で、三十度を超えていた。涼しさは、なぜだか余計に、こちらを心細くさせる。私はペットボトルの水を一口飲んで、用意してきた書類を、もう一度頭から見直した。何かが足りないのではないか、書き方が悪かったのではないか。三ヶ月、何度この問いに戻ってきたか分からない。

私は弁護士に頼むほどの金は、持っていない。

毎日の暮らしを揺るがすほどの大きな出来事ではない、と人には言われる。たしかに、刺されたわけでも、燃やされたわけでもない。けれど、毎晩、寝床に入る前にこのことを考える時間が、半年で、たぶん百時間を超えている。百時間というのは、一人の人間の暮らしを、確実に削るに足る厚さである。

ロビーの隅で、ぼんやり考えた。

行政に何かをしてもらいたい、というのは、要するに、自分一人では抱えきれないものを、もう少し大きな手に、半分でいいから持ってもらいたい、という願いだ。立ち向かう、というほど勇ましいことを、私はやりたいわけではない。むしろ逆で、立ち向かわなくていい暮らしを返してほしい、と思っている。穏やかに暮らしたい、というそれだけの願いが、こんなに能動的に何かをし続けないと守れないものだとは、思っていなかった。

「あの、もしよろしければ」

声をかけられて、顔を上げた。さっきの三番窓口の若い職員が、書類のコピーを手にして、ロビーまで降りてきていた。胸の名札に、宮城、と平仮名のふりがな付きで書いてあった。

「うちでできる範囲は、ほんとうに、限られてはいるんですが——同じ市内に、ここと別系統で、地域の困りごとを聞く相談員さんがいる窓口があります。たぶん、そこなら、もうひと声、踏み込んだ動き方ができると思います」

宮城さんは、書類のコピーの裏に、別の課の名前と、内線番号と、担当の人の名前まで、ボールペンで書いてくれた。

「私から、先にひと言、連絡を入れておきます。同じ説明を、もう一度していただくことにはなるんですが」

私は、礼を言った。

帰り道、紙袋の中で書類がかさかさ鳴った。状況は何ひとつ動いていない。動いたのは、内線番号がひとつ書き加わったことと、明日また半日が消えることが決まったこと、それだけだ。それでも私は、宮城さんが書いてくれたその四桁の数字を、何度も指先で確かめながら、家まで歩いた。

声は届かない。けれど、ロビーまで降りてきてくれる人は、いる。

行政という大きな手は、私の願いを半分も持ってはくれない。それでも、その手の内側に立っているひとりの人間が、勤務時間の中で、自分の権限の外に、ほんの少しだけ、はみ出してくれることがある。その「ほんの少し」を、勇気と呼ぶには地味すぎるが、私の一日を、確かに、明日のほうへ押してくれた。

家に帰って、紙袋から書類を取り出し、四桁の番号を、卓上のカレンダーの明日の欄に、青いボールペンで写した。番号の脇に、宮城、とふりがなまで写した。穏やかに暮らしたい、という願いを、私は当分、持ち歩くことになる。けれど、それを持って歩く道のところどころに、内線番号を書いてくれる人がいる、ということだけは、今日、覚えて帰った。