歩くという行為が、いつから「運動」と呼ばれるようになったのだろう、と思うことがある。歩くこと自体が生活そのものだったはずなのに、今は「歩く時間を作る」「1日1万歩」というふうに、わざわざ目的化しないと歩かないようになっている。

朝起きて銭湯に行き、仕事場まで歩いて、夕方にまた銭湯と髪結床に寄って、夜は屋台の蕎麦で締める江戸の暮らし。早朝の渋谷から歩き出して、駅と駅のあいだを15時間半かけて踏み直した2人組。歩いて行ける街にいるあいだは「ジムに通おう」という気持ちすら要らなくなる、と語る発信者。

歩いた街だけが、自分のものになる。

順に書いてみたい。


1. 江戸の大工の一日 — ほーりーさんが描く、歩くしかなかった時間割

ほーりーさんという、江戸時代の日常を解説している方の動画で、後期の大工さんの一日の時間割を見た。

明け六つ、つまり日の出と同時に起きる。まず近所の銭湯に行って、軽石(毛切り石)で垢を落として歯を磨く。江戸の人は1日に2回、3回と銭湯に通うことも珍しくなかったらしい。そこから朝の行商の声を聞いて食材を買い、ご飯を5合炊いて朝食を済ませる。

そのまま仕事場まで歩いていって、大工の仕事をする。当時の日当は銀4匁2分、現代の感覚でいうと約6250円相当だと紹介されていた。これとは別に昼飯代として1500円ぶんが支給される。仕事のあと、髪結床にも寄って身なりを整える。夕方の銭湯はもう一度、ただし今度は近所付き合いと情報交換の場でもある。夜は屋台の「四文屋」で1品80円ほどの小皿で一杯飲み、〆は「二八蕎麦」を屋台で十六文(約320円)で食べる。

並べてみると、家から外に出て家に戻るまで、ずっと歩いて移動している。仕事も食事も身支度も、徒歩圏に揃っていて、そういう街として整えられている。「運動」という発想自体がない。歩くことが暮らしの背景に組み込まれているから、運動として意識する必要がない。

ご飯を1日5合食べるということと、これだけ歩いて働くということは、たぶん表裏で、両方を引き受けないと一日が成り立たないようにできている。


2. 山手線30駅を歩き通したお2人 — みよさんと、富士山仲間の散歩

別の動画では、富士山にも一緒に登ったという「みよさん」と、ある散歩好きの方が、朝6時に渋谷をスタートして、山手線の外回り30駅を1周歩く。距離にして40〜45キロ、時間にして15時間半。ルールは「各駅で写真を撮って、面白いものを探す」だけ。

ふだん山手線は、乗ってから降りるまでのあいだ、車内で本を読んだり眠ったりしている。駅と駅のあいだは、灰色の壁が窓を流れていくだけだ。歩くと、その「灰色の壁」がぜんぶ街として見えてくる。

新大久保で「海外みたい」と興奮し、目白で学習院大学の入学式に出くわして、お嬢さんがたが眩しい。田端は道が悪くて何もなくて、長く長く感じた。回転寿司に入ったら生き返った。目黒の地下にあった中華が大当たりで、焼酎に木耳と坦々麺で全身が戻ってきた、とお2人は言う。

学びとして繰り返されていたのは、「疲れているときはワインじゃなくハイボールと濃い味」というやけに具体的な話だった。それから、「これからこの愛着を持ったまま山手線に乗るたびに思い出せる」という、いちばん最後のひとこと。

歩いて初めて、駅は「乗り換えの記号」ではなく、街として自分の中に入ってくる。たぶんお2人にとって、山手線はもう前と同じ路線ではない。歩いた分だけ、山手線が手元に戻ってきた。


3. 「ジム」が要らない街 — Not Just Bikesの発信者の話

3本目は、都市計画について発信しているNot Just Bikesという海外チャンネルの方。「人生というジム」という言い方をする。歩いて行ける街、自転車で動ける街では、日常の移動そのものが運動になるので、「ジムに行こうという意志」が要らなくなる、と。

スタンフォード大学が46か国・約70万人の歩数を調べたところ、アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの平均は1日5,000歩を切っていて、先進国で最低だったと紹介されていた。一方で、ヨーロッパの歩数はそれよりはっきり多かった。差にいちばん効いていたのは、街が「歩きやすく作られているかどうか」だった、という話だ。

面白いのは、歩きやすい街では「性別や所得を問わず、みんなが運動できる」という指摘だった。歩きにくい街だと、運動できるのは結局、ジムの会費を払い続けられる人や、車で公園まで運動しに行ける人に偏ってしまう。歩ける街は、運動に近づける条件が街そのものに埋め込まれている。

発信者ご自身、自転車通勤に切り替えてから数週間で体重が落ち、元気が増えて、気持ちが軽くなったと話す。自転車通勤の30分は「タダの30分」、つまり通勤と運動を兼ねているので時間の損失がゼロだ、とも言う。

ここまで来ると、健康の話というより、街のかたちが「歩く・歩かない」を決めている、という話に近い。


まとめ

3つを並べて、いちばん腑に落ちたのは、「歩いた街だけが、自分のものになる」という当たり前の感触だった。

江戸の大工さんは、歩いた街しか持っていない。仕事場・銭湯・髪結床・屋台、ぜんぶ徒歩圏で、自分の地図と街の地図がたぶんほぼ重なっている。山手線を歩き通したお2人は、駅という記号でしか知らなかった街を、1日かけて自分の地図に書き直した。Not Just Bikesの方が示すのは、街そのものが「歩く前提」で組まれていれば、その地図はもう少し楽に手に入る、ということだ。

歩くことを、現代の私たちは「運動の選択肢の1つ」として扱う。ジムに行くか、ヨガに行くか、それとも歩くか。けれど3本を並べると、歩くというのは身体の運動である以前に、街と知り合い直す方法だったのではないか、という気がしてくる。

歩かない街では、駅から駅へ、家から職場へと、点が線で繋がるだけになる。点と点のあいだの街は、自分の中に入ってこない。

「運動が足りない」というのは、もしかすると「歩いた街が足りない」ということなのではないか。今日、自分の街のどのあたりを、自分の足で踏んでいるか。そう考えると、運動の問題はジムの会員証ではなくて、地図の塗り方の問題なのかもしれない、という気がしている。

(歩く時間や強度は人によって体の反応が大きく違うので、膝や腰に持病のある方は無理のない範囲で、調子が悪ければ医師に相談を。)


参考にした動画